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寄り道混迷雑記

医者の卵は仮の姿…重度活字中毒者かつ元ミゼラーの「普通の」生活
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私、晴れ女だから。
JUGEMテーマ:日記・一般


今日は、辛気臭い話になります。

昨日、つまり1月29日に祖母が亡くなりました。

94歳。
70代で癌になり、本人は嫌がっていたけれども皆で泣き落として手術をし、
口癖のように
「私は、真琴が中学卒業するまでは生きていないかもしれないし」
と言いながら、中学卒業したら
「私は高校卒業するまでは生きていないかもしれないし」
と言い、ついに
「あんたが医者になるまでは生きていないかもしれないし」
と言いながら、私が医者になって早六年。
遊びに来ていた私の住む土地で、風邪をこじらせてあっけなく逝きました。

知らされたのは、自分の病院で。
母が
「今、おばあちゃんがね、亡くなったの」
といろいろ終わってから外来の内線で電話をかけてきて初めて知りました。
結局看取ることは叶わず、救患室に走って行って、死化粧をした祖母と対面して呆然としたまま帰宅。

親族に手分けして連絡して、手順を確認して自宅を片付けて。。。
眠るような祖母の顔に声をかけたら起きるような気がして、でも触ったら冷たくて泣いてしまったり。
死に装束も、六文銭も、戒名(生前につけてもらっていた)も、全部地元に置いてきてしまっていて。
慌てて線香やら、ろうそくやら買いに走った母。
私は家の整理をしてただただ呆然と…米を炊いて、デジカメで遺影になる写真を探していました。

鹿児島にいた親族(80代2名含む)と、親しい身内が関東の我が家に集まったのが、午後8時。

って、7時間後には全員集まってるって結構早いと思うんだ。。。
九州の果てから関東に。
全く距離は苦にしてないところがすごくウチの身内らしくてなー。
しかもそのうち医者3名、全員訃報を聞いて飛んでこれるタイミングだったのがまた祖母の強運なとこだと思います。

でもって僧侶の資格を持っている祖父が枕経をあげて、線香をあげて、部屋が線香の煙なのか涙で目が痛いのかわからない状態で親族会議。
問題になったのは、葬式をする場と火葬のタイミング。
2月1日が友引で火葬場が休みのため、前日は火葬の予約が満杯、ということで急遽本日荼毘に付すことに。
火葬は、死後24時間以降でなければできないので…でも空いている時間が一か所あってそれで荼毘に付す目途がつきました。
でも、葬儀社によれば、その時間では早すぎて遺影はできないので遺影はなしで、と言われ
(別業者に頼めばいいよね)と思ったのが後述しますが間違いでした。

その後は皆で個人の思い出話に花を咲かせて、ふとしたことで涙腺崩壊させていました。
祖父の「ずっと小学校の課題は祖母に任せていた」という衝撃の告白から始まり、
「文章うまかったよね、ウィットに富んでた」
「俳句と絵うまかったね」(←俳句同人などやっていたのは今回初めて知った事実)
といったものから
「死に顔が、曾祖母(70代で死去)より若い!」
だとか
「苦しまなかったのはずるいよ」といったことまで。

文章やイラスト描くの好きなのは、血だ。間違いない。と確信。
時代さえ違っていたらマジで、オリジナルの小説書いて同人誌出してたんだろうなー的な話がざっくざく出てきて面白かったです。
あと元々和裁の先生やってたし。

そして一晩過ごして朝。
朝一番に、昨日インターネットで見つけていた遺影作成会社で早さを売りにしている(4時間で作成します…)会社に電話を掛ける
私「あのー、遺影欲しいんですけど。4時間後までに。デジタルデータあるので送りますし出力こっちでしますので」
会社「あー、葬儀屋さんですか?」
私「いえ、個人です」
会社「あー、個人の人のはトラブルになるんでお受けできないんですよー。迅速の」
私「はい?」

という訳で、朝からフォトショインストールするか否か、しかも自分の腕では加工し終わるか微妙。。。。
つうか、看板に偽りありすぎだろ!
最悪遺影なしか…という崖っぷちに。

立ったのですが、何とか知り合いに依頼して間に合わせて貰い、出力はカメラ屋でgo!
同時に猫の写真や、祖母の笑顔の写真や祖父といる写真を現像してアルバムに入れて棺へ。
その間、母は駅前まで喪服を買いに行っておりました。黒ストッキングと。
喪服も、地元にしか、置いてなかったんだ!
あと、棺に入れる花束を購入。

そしてかなりギリギリな時間で荼毘に付し。
荼毘の間、少し故人の好きだったもみじまんじゅうやおかきを食べたり。
好きなものが故人と似ていて皆で笑いながら泣いたり。
祖母がよく作ってくれたかきもちを懐かしんだり。
そういえば芸術家の祖父が荼毘の間に待合室の窓から樹を見て
「この窓はあの樹を見るために開けられた窓なんだ」
と言っており、確かにそうだなー、でも言われないと気付かなかったなー的な一幕もありました。

あとは荼毘ののち、お骨を拾ったのですが、関東の骨壺でかい。全部入る。
鹿児島の骨壺小さくて全部入らなくて、入りきらなかった骨捨てられちゃうよ!
ちょっとびっくりしました。
でも大きいだけに、重い。

*************************************************
だらだら流れを書き連ねてきたのは、もし何かあった時の忘備録。
母はもう三人を送っているけど、私はまだそんなに送っていないから手順を忘れてしまいそう。
私も、もうおくる側だから、しっかりしないと。
生きているうちにあれもすればよかった、これもすればよかったってある。
私も昨日、朝、忙しくても祖母の所に行ってごはん食べればよかった、声かければよかった。って今も思っている。
仲がいいとか、悪いとかそんなんじゃなく、「ただ生きて存在してくれていることが」私を安心させていたんだな、と今思います。

本日母が火葬場で

「私さ、今おかぁちゃんが、『私晴れ女だから、みてみぃ、今日の旅立ちもいい天気じゃない』って自慢げに笑ってるような気がするの」

と呟いて私の涙腺が崩壊したことを記しておきます。
絶対、言ってる。いい笑顔で笑ってる。

弔い代わりにひとつ。

 青空に
 細くたなびく
 煙あり
 得意げな君
 浮かんで消える

まだまだやね、って笑うんだろうな、ばぁちゃん。
供養や、地元鹿児島での本葬やらまだいろいろあるけど
おやすみなさい、おばぁちゃん。

[徒然なるままに。] 20:21 - comments(0) | trackbacks(0)
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